人の話を聞くのが上手な人

何か新しい情報を入手したとき、人に伝えればありがたがるか面白がるかすると思って、ちょっと得意ぎみに話す。そんなときに、相手が平然として、「ああ、そうだよ」といった反応を示すとがっかりする。と同時に、ちょっとむっとした気持ちが頭をもたげてくる。不愉快になる。相手の反応の中に、「私はすでに知っていたが、君は今まで知らなかったのか」というニュアンスを感じるからです。
相手がすでに知っていたのは事実であって、相手は少しも悪くないのであるが、自分の好意が無視されたと感じる。自分の行為が「空振り」に終わったことに対して、ちょっとした自己嫌悪に陥っているのです。そのような複雑な感情がエスカレートしていけば、「二度と情報の提供をしてやるものか」といった、捨て鉢に近い気持ちになる場合もある。
したがって、情報を提供される側としては、たとえ自分が知っている情報であっても、ただ「すでに知っている」という反応を示してはいけない。もっと慎重に対処する必要がある。

すなわち、まず情報提供に対して、感謝の意を表明しなくてはいけない。そのうえで、たとえ自分がすでに知っていることであっても、まず相手のいうことに対して虚心坦懐に耳を傾ける。もしかすると、自分の持っている情報と微妙に違っている場合もある。さらに詳細にわたる情報が提供されるかもしれない。

一般的に、話の内容を聞かないでいて、それについて知っているというのは、正確を期する観点からすれば、すべて間違いであるといわざるをえない。知っていたかどうかは、全部聞いた後からでないといえないはずです。
ましてや、ちょっと聞きかじった程度で自分が知っている話題の場合に知ったふりをしたのでは、せっかくの正確な情報を入手する機会をみすみす失ってしまう。
そんなときは、「ちょっと話を聞いたが」といって、さらに詳しく内容について質問したり、なぜなのかなどと理由も聞いてみる。
そのようにすれば、人の話を聞くのが上手な人との評価が定着し、人にも好かれる。
また、人が競って情報を持ち込んでくれるようにもなる。最初のちょっとした言葉の違いで、結果が大いに違ってくるのです。

みなさん、新型コロナウイルスで、今大変だと思います。今時間ができた今こそ勉強しましょう!